死別の悲しみを乗り越える

心理学を学んだ人ならわかります

死別の悲しみは乗り越えるものではない

時が経っても乗り越えられるものではない

私は学生時代に小学校の友人を事故で失くしてます。
その家族、実は事故でお子さんを二人も失くしてます。
それも二人とも違う時代の事故で。
一人はスクールバスから降りて、バスの前から道路を渡ろうとしたところ、対向車に惹かれました。
もう一人はバイク事故で。それも本来なら助かるはずだったけど、医療ミスで。
どっちも悲しい事件でした。

たまたま一年前の記事(NYタイムズ)を小中学校の先輩がシェアしていたのでご紹介いたします。

日本はグリーフケアについて、まだ発展途上です。
そして、葬儀屋さんは専門ではありません。

この記事の中に:

Ms. Devine maintains that most grief support offered by professionals and others takes the wrong approach by encouraging mourners to move through the pain. While family and friends naturally want you to feel better, “pain that is not allowed to be spoken or expressed turns in on itself, and creates more problems,” she wrote. “Unacknowledged and unheard pain doesn’t go away. The way to survive grief is by allowing pain to exist, not in trying to cover it up or rush through it.”

多くのグリーフケア・アドバイザーはプロフェッショナルであっても、間違ったアプローチを取っていると。
それは悲しんでいる人たちに、次第に慣れますよや時が経てばやわらげますとか言うことを伝えます。

実はまったくそうではないのです。
時は解決しない、痛みもやわらげない、ただ心のどこかに喪失感で穴が開いた状態で支えがなく痛みがどこかと残ると。
そして、まして女性の場合、お子さんを失ったら男性よりも強い痛みを感じるはずです。それは、自分のおなかを痛めてまで生んだ我が子を失ってしまったからです。

グリーフケアで必要なのは、痛みはなくならないことを認識し、その痛みを別のもので紛らわしたり、埋めたりしないことです。
大切なことは Sympathy 哀れみ, Empathy 同情, Compassion 思いやり で慰めの言葉は下手にかけず、急かさないことです。

慣れることはない、乗り越えることもない、ただひたすら前に進むだけしか人間の感情としてないみたいです。

ちなみに、大阪の公益社さんのグリーフケアの「ひだまりの会」では当初、葬儀屋さんが中に入って色々と交通整理をされていたと担当者から話を伺いました。少ししたら、葬儀屋さんの助けは必要なく、遺族だけで仲を作れるようになり、最初から葬儀屋さん(上から目線状態)の手助けは押し付けであり、必要でなかったとわかったとのことです。

 

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